
最近、コロナ関連の暗い話題ばかりでしたので、久しぶりに大阪のネタを少し。
なかもず駅。
大阪の大動脈、地下鉄御堂筋線の南の終点駅です。
このため、行ったことはなくても、名前だけは聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。
南海高野線、泉北高速鉄道、地下鉄御堂筋線の交わる、重要な乗り換えポイントでもあります。
私は、大阪府堺市、泉北ニュータウンの出身ですので、子どもの頃から、なかもず駅をよく使っていました。
しかし、現在の姿と、昔の姿は、全くの別風景になっています。
そこで、今回は、知っている人には懐かしい、昔の姿を振り返ってみたいと思います。
地下鉄御堂筋線のなかもず駅への延伸
私が小学生の頃は、御堂筋線の南の終点は、現在のあびこ駅でした。
このため、地下鉄のなかもず駅(現在の大阪メトロ)は存在していませんでした。
ただし、南海電車と泉北高速鉄道が相互乗り入れをしていましたので、中百舌鳥駅(現在の南海高野線)は存在していました。
現在は、多くのマンションが建設され、乗り換え客で賑わっている、なかもず駅周辺ですが、1987年、地下鉄なかもず駅ができるまでは、完全に畑と空き地のイメージでした。
私が中学生くらいの頃ですかね。
梅田やなんばとつながっている地下鉄が、中百舌鳥駅までやってくると、話題になったことをよく覚えています。
とても懐かしいです。
現在は、エスカレーターやエレベータなど、南海線と地下鉄の乗り換えは(遠いですが)わりとスムーズになっています。
しかし、当時は、とにかく、南海線と地下鉄の乗り換えが遠すぎて、本当に苦痛だったのを覚えています。
自分が小さかったからなのか、設備が整ってなかったからなのか…。
とにかく、不便な駅で、かつ、畑や空き地で、がらーんとした印象の駅でした。
ダイエー中百舌鳥店
昔、私の父は、ダイエーに勤務していました。
私の住んでいた堺市泉北ニュータウンにも、ダイエー系列のお店がたくさん存在していました。
光明池、栂・美木多、深井、堺東…(泉ヶ丘は、高島屋、パンジョ、トリオトでした。)
そして、中百舌鳥駅にも、ダイエー中百舌鳥店が存在していたんですよ。
なかもず駅からは少し遠かった印象がありますが、栂のダイエーよりも広くて大きかったので、よく行った記憶があります。
ダイエーの中か奥には、スイミングスクールのようなスポーツセンターもあったような…。
私の父も、このあたりのダイエーでよく仕事していました。
当時のダイエーは、小売としての黄金期を築いていました。(主婦の買い物と言えばダイエーでした。)
しかし、ご存知の通り、大量生産・大量消費・安売りの時代は終焉し、バブルの崩壊も重なり、2004年、ダイエー中百舌鳥店は幕を閉じました。
跡地には、コーナン中もず店が建ち、その後、グルメシティに変わっています。
ワコーレーン(ボウリング場)
そして、なんといっても、なかもずと言えば、ワコーレーンです。
ワコーレーンとは、大阪府内でも数少なくなってきたボウリング場のことです。
私が高校生くらいの頃は、友達とよく行きました。
文化祭が終わった後とか、試験が終わった後、クラス全員でボウリング大会…とか。
カラオケボックスやゲームセンターも併設していたので、高校生の遊び場といえば、ここしか考えられないほどの存在感でした。
同じ地域・同じ世代の人であれば、ほぼ同じ意見なのではないでしょうか。
ただ、残念なことに、現在、このワコーレーンの姿を見ることはできません。
2000年代半ば頃、真偽のほどは定かではありませんが、多角化経営に失敗したとかなんとかで、ワコーレーンは突然、閉まってしまいました…。
思い出の地がなくなったということで、私もとても寂しい思いになりました。
このあたりの経緯に詳しい人がいれば、教えてほしいくらいです。
あと、なかもず駅の駅前には、ドーム型の青いバッティングセンターがあった時期もありましたよね。
現在の駅前の密集度からしたら、想像できない人も多いかもしれません。
野球つながりで言えば、中モズ球場もありましたよね。
以前、私は大阪球場の記事を書きました。 参考:大都市なんばから姿を消した球場…その跡地でブログを書いています! 大阪球場は、南海ホークス(現在の福岡ソフトバンクホークス)の本拠地として賑わっていました。 そして、南海ホー …
これも懐かしい限りです。
中百舌鳥駅は本当に変化しましたよね…。