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天王寺駅。

JRをはじめ、近鉄、大阪メトロなどが連絡する賑やかな駅です。

現在、私は46歳となりましたが、天王寺は昔からよく知っている街です。

天王寺動物園が有名で、ブルーシート上でカラオケをしたおじさんをよく見かける「おじさんの街」の代表格でした。

しかし、現在は全く様変わりしました。

日本一の高さを誇るビルでとなった「あべのハルカス」を中心とした、関西を代表する「若者の街」に成長しました。

そして、今回のテーマはその巨大ターミナル天王寺駅の片隅にあるうどん・そば屋さんからスタートします。

天王寺駅には南海電車が通っていないのに、なぜか「南海そば」がひっそりと営業しているのです。

これは一体何を意味しているのでしょうか?

南海天王寺線の歴史

新今宮駅から天王寺駅までJR線に乗ると、天王寺駅に着く寸前、MIOの地下あたりに、暗闇の空間があることが分かります。

そこには、何か駅跡のような…

空洞と線路跡のようなものを確認することができます。

2000年代半ば頃までは、地上にも線路跡を確認することができましたが、最近はアスファルト化しています。

「南海そば」といい「MIO下の謎の空間」といい、これらは一体何を意味しているのでしょう?

実は、かつて、JR天王寺駅の南の外れには、「南海天王寺線」が存在していたのです。

電車はたったの1両。

天王寺から天下茶屋の間を走るわずか2.4キロの短いローカル線でした。

南海電鉄は、昔からずっと難波駅を大阪のターミナルとしてきました。

しかし、JR大阪環状線の存在も大きく、新たに相互接続を図るため、1966年には新今宮駅を開業し、特急以下全ての列車を停車させることにしました。

ところが、このことが、今まで天王寺駅で国鉄線(現JR)と接続していた南海天王寺線の運命を大きく変えてしまったのです。

新今宮駅の開業により、南海天王寺線の乗客は激減していきました。

1984年、南海天王寺線は今池町駅と天下茶屋駅の間の路線が廃止され、天王寺駅と今池町駅のたった1駅区間だけが残ることになります。

同時に、南海天王寺駅は今池町駅寄りに移動を余儀なくされ、南海本線や南海高野線とは別のレールにされてしまいます。

まさに南海天王寺支線となるのです。

おまけに、1993年3月4日、動物園前が終点となっていた地下鉄堺筋線の天下茶屋までの延長が、南海天王寺線の乗客減にトドメを刺しました。

これにより、南海電鉄の大阪方面への地下鉄進出は夢に終わりました。

南海天王寺支線は、堺筋線の全線開通から1ヶ月と経たない1993年3月31日に廃止されることになったのです。

現在の南海天王寺線

南海天王寺支線の、その悲しき線路跡は、大部分がフェンスで囲まれた空き地となっています。

最近はだいぶきれいに様変わりしたのでしょうかね。

南海天王寺駅のあった場所は、現在は、大規模商業施設MIOに生まれ変わっています。

廃線となる直前の頃の仮設駅のような駅跡は、MIOの西側の暗闇の空間に存在しているはずです。

しかし、誰もその空間を、近くで確認することはできません。

堺筋線は、現在もたくさんの乗客が利用している路線です。

しかし、もし、これが天下茶屋駅まで開通していなかったとしたら…。

今頃、南海天王寺線の薄緑色の列車は、天王寺の街を駆け巡っていたのでしょうか。

そして、南海電車の大阪梅田への進出は実現していたのでしょうか…。

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