阪急淡路駅。
大阪北部に住んでいる人にとっては、なじみのある駅でしょう。
淡路駅は、阪急京都線と阪急千里線の交差駅になっています。
北は北千里・河原町、南は天下茶屋・梅田へ直接行くことができます。
駅は、2面4線の構造になっており、2号線・3号線は北千里・河原町行き、4号線・5号線は天下茶屋・梅田行きとなっています。
ん?
2号線から5号線はあるのに、1号線はありません。
なぜ、淡路駅には1号線がないのでしょうか?
今回はこの謎に迫っていきたいと思います。
阪急淡路駅の歴史
淡路駅は、1921年(大正10年)、北大阪鉄道(十三駅–淡路駅–豊津駅)の開通とともに開業しました。
しかし、1923年(大正12年)、北大阪鉄道は、新京阪鉄道に路線を譲渡することになり、淡路駅は、新京阪鉄道の駅となります。
1925年(大正14年)には、新京阪鉄道(天神橋駅–淡路駅)も開通し、その後、新京阪鉄道は京都まで路線を拡大していきました。
その後、紆余曲折を経て…
新京阪鉄道は、京阪電気鉄道となり、1943年(昭和18年)に阪急電鉄と合併することになります。
一時期は、合併していた阪急電鉄と京阪電鉄ですが、1949年(昭和24年)に、再び分離されることになり、現在に至っています。
では、淡路駅はどうなっていたのでしょう。
阪急電鉄は、京都駅から天神橋駅までの路線、つまり現在の京都線を本線、もともと北大阪鉄道のものだった淡路駅から十三駅までの路線を支線として扱っていたのです。
淡路駅から十三駅までの支線は、文字通り、十三線と呼ばれていました。
阪急淡路駅の1号線はどこに?
淡路駅は、十三線の折り返し運転をするためのホームを1号線として使用していました。
行き止まりの小さなホームだったようです。
しかし、1963年(昭和38年)、阪急京都線(河原町駅–梅田駅)がすべて開通したことにより、折り返し運転の十三支線の存在価値はなくなってしまいました。
十三線(1号線ホーム)は廃止の道をたどることになったのです。
1号線ホームを撤去するときのこと。
ホームの番号を変えると、お客さんおよび運転手が混乱して間違えるリスクがあるため、名前は1号線のまま保持することになりました。
十三線と1号線ホームは姿を消しましたが、1号線の名前だけは欠番になったのです。
このため、現在の淡路駅は2号線から5号線までを使用しているのです。
複雑な事情があったんですね。
淡路駅は、現在は阪急電鉄が管理する駅となっています。
しかし、2019年3月、JRおおさか東線の延伸に伴い、阪急とJRの乗り換え駅に進化をとげました。
今までも複雑な歴史をもっている淡路駅ですが、これからも大阪に新たな歴史を作ってくれることでしょう。