幻の高速道路「阪神高速道路大阪泉北線」って何?

”阪神高速「大阪泉北線」”

ん?

聞いたことがあるような道路ですが、あなたはご存知でしょうか?

というか、この道路、走ったことがありますか?

一体、どこにあるのでしょう?

少し調べてみました。

千里ニュータウンと泉北ニュータウン

ご存知のように、大阪には2大ニュータウンがあります。

千里ニュータウン泉北ニュータウンです。

1970年に開催された大阪万博。

大阪万博の開催場所は、万博公園であり、千里ニュータウンのお膝元でした。

当時、今は亡き、大阪万博用の路線もあったくらいです。

その名残はこちらの記事で。

他方、泉北ニュータウンはどうでしょう。

泉北地区が、70年代から80年代にかけて、団塊ジュニア世代の子供たちで賑わっていたことは確かです。

ただ、大阪市内からのアクセスはといえば…

必ずしも、便利なものとは言えませんでした。

千日前線が泉北に進出するという話もありましたよね。

大阪空港、新幹線、梅田…

いずれにしても、大阪市内からのアクセスという意味では、千里ニュータウンに軍配があがりました。

阪神高速「大阪泉北線」の計画

大阪万博・御堂筋線を擁する千里ニュータウンに、大阪市内からのアクセスという点で、遅れをとった泉北ニュータウン。

しかし、泉北ニュータウンには秘策がありました。

同じ時期に、なんと、阪神高速道路を泉北ニュータウンまで伸ばす計画が進められていたのです。

現在の阪神高速堺線(南端はフェニックス通り近くの堺出口)とは別物です。

阪神高速の泉北ニュータウンへの進出。

具体的に言えば、阪神高速道路が、泉北ニュータウンの大動脈、泉北1号線と連結する計画だったのです。

びっくりですよね。

当時は、マイカーブーム。

鉄道ではなく、道路から攻めたのでしょう。

泉北ニュータウンを活性化させるためには、最高の戦略のように思われていました。

第二環状線との接続

阪神高速道路と泉北1号線との接続計画。

その追い風として、阪神高速環状線の外側に第二環状線を作るという計画がありました。

大阪市内の交通渋滞を見越し、二重化することで緩和する狙いだったのでしょう。

現在の阪神高速の外側を走る第二環状線。

その南端に、美章園ジャンクションを作り、そこから南の方へ阪神高速を伸ばすことが提案されました。

美章園ジャンクションから、現在のJR阪和線沿いに道路を南下させ、大和川を越え、百舌鳥八幡から上野芝、泉北1号線へと流れる計画でした。

JR阪和線は現在は高架になっていますが、当時は地面を走っていました。

このJR阪和線のさらに上に阪神高速道路を作ろうと計画していたわけです。

美章園付近の用地の買収も進められました。

パッと聞いた限り、泉北ニュータウン民からすると、便利になるように思えます。

これが実現していれば、天王寺から泉ヶ丘まで、数十分でアクセスできるようになっていたのでしょう。

この夢のような阪神高速大阪泉北線ですが、実現することはありませんでした。

一体、何があったのでしょう?

阪神大震災の悲劇

阪神高速大阪泉北線が実現されなかった最大の理由。

それは、ご存知、1995年の阪神大震災でした。

阪神大震災の被害は甚大なものでした。

阪神高速神戸線で高架が倒壊した映像は、記憶にも新しいと思います。

当時、地面を走っていたJR阪和線。

踏切も多かったわけですが、2階部分を鉄道、3階部分を阪神高速にする計画はリスクが高いと言われるようになりました。

耐震性の観点から、まず2階部分の鉄道だけ建設され、高架化には成功。

ただ、3階部分の阪神高速大阪泉北線については、近隣住民や世論の反対などから、2003年、正式に計画の中止が決定しました。

阪神高速大阪泉北線は幻のものとなったのです。

現在も、美章園付近には、買収用地(空き地)がところどころに残されています。

阪神高速とつながるはずだった泉北1号線も不自然に、上野芝まで伸びています。

そして、泉北ニュータウンは高齢化が進み、北摂:千里ニュータウンに遅れをとっているように見えます。

耐震性や安全面が重要なのは確実なので、阪神高速大阪泉北線の計画断念は仕方がなかったのかもしれません。

ただ、泉北ニュータウン(…というか南大阪)が、北大阪に取り残されているように見えるのは寂しい限りです。

今後の発展を期待します!