モニタリング数字・定量化の重要性…東京は大丈夫なのか?

新型コロナウイルスの感染が、首都東京を中心に、じわりと拡大してきています。

そんな中、東京都が昨日、新しいモニタリング項目を発表しました。

端的に言えば、感染状況について、数値で発表することをやめるようです。

数値が悪くなると、東京アラートロードマップなどに引っかかり、何らかのアクションをとる必要がでてくるからです。

財源がなく、休業要請など、有効な施策も打てない状況なんだと容易に推測できます。

数値をうやむやにして、政治主導・その場の判断で物事を進めていきたいという思いがにじみ出ています。

完全に「逃げの一手」です。

ちょうど1ヶ月前、私はこうなることに警鐘を鳴らしていました。

普通の企業でも、経営者は、管理会計上のさまざまな指標を見て、経営判断を行います。

具体的に言えば、売上や利益などの財務的な数値だけでなく、顧客満足度などのマーケティング数値、在庫回転率や需要予測精度などの業務プロセス的な数値、トレーニング数や資格数などの教育的な数値…など。

これらの数字を見て、最終的に経営者が、総合的な判断を行うのです。

P(Plan)で計画を立て、D(Do)で業務を実行し、C(Check)でチェックし、A(Action)で次のアクションをとり、PDCAサイクルを回すことで、これは可能となります。

これは、経営の基本中の基本です。

最近はベストセラーにもなりましたが、ファクトを重んじる時代となりました。

何が正常で、何が異常なのか。

許容範囲というものが可視化されないと、チェック機能が働かず、経営判断ができません。

数値の継続性も重要です。

目標(ゴールポスト)も微修正ではなく、今回は、破壊してしまいましたよね。

東京都をひとつの企業として捉えると、モニタリング数値がないことで、都知事(社長)が経営判断できなくなるのです。

アベノマスクや東京アラートのように、一時的な思いつきなのであれば、判断できるのでしょうが…。

都民の方々(社員)や、周辺地域(ステークホルダー)も、数値がなければ、個々人では、何も判断できなくなります。

そうなってくると、自律的な組織とはなりません。

愚策愚策であることを認識できなくなることに対して、非常に危惧しています。

日本政府は、経済政策優先のため、不都合となる専門家会議も解散しました。

Gotoキャンペーン東京ディズニーランド開園など、経済復興を進めたいという方向性は理解できます。

ついでに言うと、私の住んでいる大阪も、大阪モデルが黄色信号にならないように微修正され続けています。

私の中では、黄色点滅信号(注意して進め)くらいのイメージなんですが…。

足元を見ながら進んでいかないと、どこかでコケることになると思います。

相手は、まだワクチンも薬もない、後遺症も変異もはっきりしていない、未知のウイルスですよ…。