白い覆面姿で昭和のプロレスをけん引したザ・デストロイヤーさんが、一昨日に亡くなりました。

88歳でした。

デストロイヤーは、あの力道山やジャイアント馬場、アントニオ猪木と熱戦を展開していました。

最近のような感じですが、もう40年以上も前の話になるのでしょうか。

私も子供の頃はよくプロレスを見ていましたので、記憶が鮮明に残っています。

デストロイヤーの記憶

当時は覆面レスラーがあまりいなかったので、白い覆面のインパクトが非常に強かったです。

後に、タイガーマスクやミルマスカラス、サスケといった派手目のマスクを被ったマスクマンが登場してきますが、白覆面というシンプルなスタイルだからこそ、今でも記憶に残っています。

デストロイヤーがプロレスデビューしたのは1954年。

もともとは本名かつ素顔で試合をしていましたが、白覆面をかぶり始めてから本格的に人気がでてきました。

WWA世界ヘビー級の王者にもなり、日本にもよく来ていました。

ニックネームは「白覆面の魔王」でしたよね。

日本の団体にも所属し、日本人からも愛されたプロレスラーでした。

1993年に引退した後も、頻繁に来日し、スポーツ振興に努めていました。

足4の字固め

デストロイヤーの必殺技といえば、なんといっても足4の字固めを挙げることができます。

有名な力道山との試合の映像でもよく流れていますよね。

地味ですが、実際は、非常に効果の大きい技です。

私が子供の頃、少年たちはよくプロレスごっこをしていましたが、足4の字固めは定番でした。

うまい人がかけるとまだ我慢できるのですが、下手くそな人がかけるとむちゃくちゃ痛いのです。

今となってはいい思い出ですが、これもデストロイヤーのおかげなのかもしれません。

最近の子供たち

先日、自分の子供(小学生)に、

「4の字固めしてあげよっか?」

と聞いてみると、

「4の字固めって何?」

と言われました。

小学生なのに、足4の字固め、もっと言うと、プロレスを知らなかったことに、私はカルチャーショックを覚えました。

そういえば、昭和の頃は、新日本プロレス・全日本プロレスをはじめ、女子プロレス、海外の各種団体のプロレスがテレビのゴールデンタイムで放送されていました。

このため、プロレスは当たり前のように見ることができていました。

いつの頃からか、プロレスがテレビで放送されなくなり、子供が知ることのないスポーツに成り下がっていたのです。

なんとなく寂しい限りです。

平成も幕を閉じようとしているこの時代、昭和の思い出はどんどん遠いものとなってきます。

昭和の名レスラーであるデストロイヤーが亡くなったのも時代の流れを感じざるを得ません。

心よりお悔やみ申し上げます。